東京・池袋の商業関係者は「このままだと西武もヨドバシも沈没。グランドオープンが大きくずれ込む館は廃墟になる」との声も。
2026年4月号 LIFE

工事が終わらない西武池袋本店(3月8日、写真/宮嶋巌)
「今日もたどり着けなかったのよ」――。西武池袋線沿線に住む60代の主婦はこの半年間、ぼやき続けている。ターミナル駅の池袋周辺へ出向きデパ地下で惣菜を買って帰るのが楽しみの一つだったが、お気に入りの西武池袋本店のデパ地下にたどり着くことができないのだ。
「行き慣れた場所だけど、コンコースのシャッターがどこもかしこも閉まっていて。でもシャッターには『営業中』の文字があるからなおさら頭が混乱してしまう」とぼやく。この主婦だけではない。コンコースを行き来する通行人の中には閉まっているシャッターの前で時折、立ち止まり、首を傾げながら再び歩き出す光景はこの1年、変わらない風景だ。

地下2階にもぐった惣菜売り場
西武池袋本店を運営するセブン&アイ・ホールディングス傘下だった、そごう・西武(SS)は2023年夏にすったもんだの末に、米投資ファンドのフォートレス・インベストメント・グループに2200億円で売却。売却後はアパレル売り場を大幅に減らし、ラグジュアリーや化粧品、食品に軸足を置く新しい形の百貨店を目指して改装し、昨年夏にはグランドオープンする予定だったが、未だその全貌が現れない。
デパ地下の一部は改装オープンしてはいるが、そこにたどり着く導線がうまくいっておらず買い物客を混乱させている。これに拍車をかけているのが、池袋店の土地・建物を取得し、「ヨドバシカメラマルチメディア館」の開業を目指すヨドバシホールディングスの「拙速な対応だった」(内装業者)という。
すでにビルの名前はヨドバシHD池袋ビルとなり、建物の約55%をヨドバシが占め、SSは残り約45%を間借りしている。ヨドバシも25年夏にグランドオープンするはずが、その時期は大きくずれ込み、「今年中にテープカットができるかどうかも微妙では」という。
最大のネックは建物の構造上の問題だ。JR線、西武線に隣接する建物は安全対策に万全を期さないと大事故が起きかねない。ところがヨドバシが使っている内装業者には鉄道の安全を確保しながら老朽化した建物の内外装をこなすきめ細かなノウハウがない。壁をはがしてみてはじめて柱や空洞を確認することもあるという。
それだけではない。店舗コンセプトがなかなか決まらなかったことも背景にある。池袋にはビックカメラとヤマダ電機の基幹店が鎬を削る。そこに駅に最も近いヨドバシが出店するからには、ビックやヤマダに客を向かわせない魅力的な売り場にしないと意味がないが、やはり建物の構造上の問題が横たわる。
天井の高さが低く、独自の売り場の世界観が打ち出しにくいのだ。天井に装飾を施すと開放感が乏しくなり、圧迫感が出てしまう。ヨドバシで成功している店舗は梅田や秋葉原の大型店。どれも天井が高いのが特徴だ。その成功の方程式が使えない。
実はヨドバシは一階と二階の天井の一部を取り払い、ゆとりある空間作りを検討したという。参考にしたのはマロニエゲート銀座。もとは百貨店のプランタン銀座として営業していたが閉店し、そこにユニクロが世界的な基幹店として出店をした。度肝を抜いたのが天井も床も落として吹き抜けをもうけてユニクロの世界観がどこまでも広がっていくように空間を作り出した。
だが、残念なことに池袋店の躯体の構造上の問題から断念したという。増改築を繰り返しウナギの寝床のハリボテのような建物だけに無理はできない。
さらに悩ましいのが、ここ数年、だれもが欲しがる新しい市場を創造するようなヒット商品が家電業界では見当たらないため、斬新さを打ち出した売り場自体が作れない。パソコン、携帯電話、薄型テレビ、スマートフォンなどヒット商品が相次いで登場したが今はない。エコポイントといった官製の需要喚起策もあった。メーカー側も内装業者と話し合ってヨドバシ側に提案したくてもなかなか難しい。仮にそんな提案をヨドバシだけにすると、ビックやヤマダが黙っていない。
西武池袋本店とヨドバシのダブルで大幅なグランドオープンの遅延に怒り心頭なのはフォートレスだ。買収前までは蜜月だったフォートレスとヨドバシは今では事実上の絶縁状態といわれている。フォートレスからは「ヨドバシにだまされた」という声も漏れてくる。
一方のヨドバシは自社ビルとなったからじっくり構えて店作りをする考えのようだ。
そして、かつては日本一の売上高を誇ったこともある西武池袋本店。その店内は寒々とし、テナントの販売員が手持ち無沙汰の様子。百貨店の旬の売りを告知する屋外の懸垂幕に、今も半年前のデパ地下のスイーツ、惣菜、ギフトの案内が掲げられている有り様だ。

シャッターが閉まった地下1階のコンコース
そんな売り場にしたのがフォートレスだ。2年半前の買収直後にフォートレスは各売り場の収益状況をSS側に求め、その収益ランキングによってテナントや売り場を選別。低収益部門をそぎ落としていった。その筆頭がアパレルだったわけで、アパレル各社は池袋店での販路をほぼ絶たれた。アパレル各社との残務処理を任されたのが、3月末でSSの社長から会長に棚上げされる田口広人氏(64)だ。
そもそも、田口氏はフォートレスへの売却を拒否していたSSの経営陣に代わって送り込まれた人物。出身は西武百貨店だが、「フォートレスに魂を売った手のひら返しの戦犯」(SS中堅幹部)に求心力が生まれるはずも無く、グランドオープンの遅延の責任を取る形で事実上の更迭。お飾りの会長に棚上げされる。その後任にはフォートレス出身の劉勁氏(41)が就くが「百貨店をぼろぼろにした張本人の一人」なだけに、SS社内には厭戦気分が濃厚だ。
池袋の商業関係者は「このままだと西武もヨドバシも沈没し、館が廃墟になる」との悲観も出始めている。
この池袋店の弱体化は秋田、福井、所沢、大宮などの店舗に深刻な影響を及ぼしている。著名な国内アパレルの首脳はこう語る。「池袋店で売ってくれるから、そのお付き合いで、販売効率の悪い地方店にも商品を供給していた。池袋店から追い出されたら、お付き合いする筋合いではなくなった」――。
池袋店は長く頂の高い一番店として君臨。その高さが日本各地で営業するすそ野の広い西武百貨店、そごうの各店舗を潤してきた。頂なき各地の百貨店は閉店の二文字がよぎる。
今、SSの多くの店ではアパレルや宝飾関連のテナントが撤退を始めている。空いた売り場がイベントスペースや白いベニヤ板でしきられて物悲しい雰囲気を漂わせている。
SSの売却を決めたセブン&アイHDの井阪隆一社長(当時)は、交渉過程で「ベストパートナー」という言葉を繰り返した。今、フォートレス、ヨドバシ、SS(そごう・西武)にそんな文句は聞かれない。