深層スクープ/人民解放軍の「大粛清」/揺らぐ「核使用」の意思決定

2026年4月号 POLITICS [主席責任制]
by 倉澤治雄 (科学ジャーナリスト)

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抹殺された中央軍事委員会副主席・張又侠

Photo:EPA=Jiji

韓国の情報機関は26年2月12日、北朝鮮の金正恩総書記が娘の主愛(ジュエ)を後継者に選んだと国会で証言した。ジュエはまだ13歳前後で、情報機関は「内定段階」にあるとの見方を示した。ジュエは22年11月18日の「火星17」の発射実験を皮切りに、「火星18」の発射実験、26年1月27日の大口径放射砲発射実験などに金総書記とともに立ち会った。金総書記が重篤な事態に陥った場合、13歳のジュエが核兵器使用の意思決定を代行することになる。

中国・新華社は26年1月24日、中央軍事委員会副主席・張又侠と統合参謀部参謀長・劉振立を「重大な規律違反と法律違反」で調査中であると発表した。翌25日の人民解放軍機関紙『解放軍報』は「中央軍事委員会の主席責任制を深刻に踏みにじり、破壊し、政治腐敗問題を深刻に助長し、軍に対する党の絶対的指導を揺るがし、党の統治基盤を脅かし、中央軍事委員会のイメージと威信を深刻に損ない、全将兵の団結と進歩の政治思想的基盤に深刻な影響を与えた」と二人を痛烈に批判した。

習近平国家主席の人民解放軍に対する苛烈な粛清により、委員7人でスタートした中央軍事委員会は習近平主席と副主席・張昇民の2名が残るだけとなった。

ロケット軍幹部を軒並み粛清

2025年9月の軍事パレードで初公開された大陸間弾道ミサイル「東風61」(動画より)

中国人民解放軍の組織は陸、海、空、ロケット軍の4軍種と東部、西部、南部、北部、中部の5戦区、それに中央軍事委員会主要部門などで構成される。米国の有力シンクタンク戦略国際問題研究所(CSIS)が26年1月に公開した「中国軍粛清データベース(DB)」によると、粛清された軍高官は22年に1人だったが、23年に14人、24年に11人、25年には62人と急増し、26年もすでに10人以上が粛清、あるいは動静不明となっている。また人民解放軍指導部の役職176ポストのうち、すでに101人の上将、中将クラスの高級将校が解任または動静不明になっているという。

標的となっているのが核ミサイルを運用するロケット軍である。初代ロケット軍司令員で元国防相の魏鳳和、二代目・周亜寧、三代目・李玉超、海軍から異例の抜擢となった四代目・王厚斌の全員が党籍剥奪や解任処分となった。またロケット軍政治委員の徐忠波、空軍から抜擢された徐西盛のほか、複数の副司令員、副政治委員、参謀長が粛清された。

さらにミサイル・装備畑を歩んできた国防相・李尚福、中国航天科技集団(CASC)社長を経て新疆ウイグル自治区党委書記となった政治局委員・馬興瑞が失脚したほか、CASC元副社長で重慶市党委書記の政治局委員・袁家軍、CASC元副社長で全国人民代表大会副委員長の張慶偉、中国兵器工業集団社長から副首相となった政治局委員・張国清、CASC元副社長で工業情報化相・金壮龍らが調査対象となっている。

粛清は核ミサイル関連国有企業や研究機関にも及ぶ。中国のミサイル開発はCASCと中国航天科工集団(CASIC)が担っている。ともに中国で「ロケット王」と呼ばれる科学者・銭学森らが1956年に創設した中国国防部第五研究院から発展した由緒正しい国有企業である。従業員数は合わせて35万人を超える。CASCは大陸間弾道ミサイルICBMの開発・製造を行う唯一の部門である。会長の呉燕生は工学博士号を持つミサイルエンジニアだが、23年12月に政治協商会議の議員資格をはく奪された。

一方CASICは固体エンジン開発で強みを持ち、主に中・短距離のミサイルや巡航ミサイルを製造する。会長の袁潔は国防科学技術大学で航空宇宙工学を学び、一貫してミサイルおよび宇宙開発分野を歩んできたが、24年4月に解任された。26年3月2日には国家航天局(CNSA)局長の張克倹が政治協商会議議員を解任された。国家航天局は有人月面探査やロケット、衛星開発など中国の宇宙開発の司令塔である。張は物理学の博士号を持つエンジニアで、国家国防科学技術工業局副局長などを歴任し、19年にはタイム誌の「最も影響力のある100人」に選ばれた。

さらにCASIC副社長の王長青、CASIC元社長で中国兵器工業集団会長の劉石泉、中国運搬ロケット技術研究院元院長の王小軍、ロケット軍研究院総工程師の肖龍旭、軍用電子機器の開発・製造を行う中国電子科技集団会長の陳錫明、原子力や核開発を担う中国核工業集団(CNNC)前会長の余剣峰、総工程師・羅琦らも粛清された。CNNCは原子力発電所の建設が主力事業だが、核兵器の製造にも関与する。中国の核弾頭はすべて中国工程物理研究院(CAEP)が設計・製造し、CNNC傘下の甘粛省酒泉原子能連合企業体が原料のプルトニウムを供給する仕組みとなっている。

核の極秘情報を米国に流した疑い

全人代の解放軍・武装警察代表団会議で重要演説を行った習近平国家主席(3月7日、新華網より)

中国は核弾頭約600基を保有する核兵器国である。核戦略は「最小限抑止」と「先制不使用」を原則としているが、米誌『原子力科学者報』は「すでに最小限抑止に必要な量を上回った」と指摘する。日本記者クラブで2月に記者会見した吉田圭秀前統合幕僚長は、「すでに最小限抑止から確証報復の段階に入った」と語るとともに、米ロと合わせて「いずれ核の三極時代が来るだろう」と見通しを語った。

ロケット軍の粛清に関連して核に関する奇妙な情報が飛び交っている。「ミサイル燃料の代わりに水が入れられていた」「中国が秘密裏に核実験を行っていた」「張又侠は核の極秘情報を米国に流していた」などである。一見荒唐無稽なこれらの情報は、中国の核に関する意思決定の仕組みが揺らいでいる兆候を示すとともに、核の安全管理に問題を抱えていることをうかがわせる。

ブルームバーグ通信は24年1月6日、米国情報関係者の話として、中国の核ミサイルに「燃料ではなく水が詰められていたほか、ICBMサイロの蓋が機能しない状態だった」と報じた。荒唐無稽な情報だが、あり得ないことではない。

米国のICBM「ミニットマンⅢ」、潜水艦発射SLBM「トライデントⅡ」、次世代ICBM「センチネル」はいずれも固体燃料である。中国では東風シリーズICBM「DF‒31」「DF‒41」、巨浪シリーズSLBM「JL‒2」「JL‒3」などの主力核ミサイルは固体燃料だが、実は液体燃料の「DF‒5」が現在も配備されている。液体燃料は固体燃料に比べて即応性が低く、扱いにくいが、燃料としての推進効率が高く、投射重量が格段に大きい。つまり巨大な核弾頭や囮弾(デコイ)を搭載できるのである。問題は推進剤の毒性である。燃料のジメチルヒドラジンと酸化剤の四酸化二窒素はいずれも猛毒である。

米国アーカンソー州ダマスカスのICBMサイロで1980年9月18日、メンテナンスを行っていた作業員が重さ1.5キロのレンチのソケットを24メートル下に落下させ、液体燃料ミサイル「タイタン」の燃料タンクに穴をあけた。たちまち猛毒の液体燃料が噴出し、9時間後に爆発した。サイロの蓋は吹き飛び、搭載されていた核弾頭「W53」が空中に放り出された。「W53」の爆発威力は約9メガトンで、広島に投下された原爆の600個分だった。幸い安全装置が機能して核爆発を免れたが、兵士1名が死亡、21名が負傷した。こうしたことから中国のミサイル運用部隊と製造企業が現場で液体燃料の危険性を認識し、「使われない兵器」である核兵器の燃料タンクに水を入れたとしても不思議はない。

25年10月、トランプ大統領は中国とロシアを念頭に、「他国が実験しているため、私は戦争省に対して、同等に実験を開始するよう指示した」とSNSに投稿した。26年2月6日には米国務次官トマス・ディナノがジュネーブ軍縮会議で演説し、20年6月に「中国が爆発を伴う核実験を秘密裏に行った」と語った。また「人民解放軍は核実験禁止条約(CTBT)に違反すると認識して隠ぺいを図った」と主張した。さらに2月17日には国務次官補クリストファー・ヨーがハドソン研究所での講演で、カザフスタンの遠隔地地震観測所が20年6月22日、720km離れた中国西部新疆ウイグル地区ロプノール核実験場の近くでM2・75の「核爆発」による地震を観測したと発表した。爆発の威力は数百トンである。中国側は「全く根拠がない。米国が核実験を再開するための口実をでっちあげる試みだ」と全面否定した。

ミサイルと核弾頭を分離管理

包括的核実験禁止条約(CTBT)の国際監視制度(IMS)により、核実験を監視する観測所が世界300か所以上に設置されている。中国でも甘粛省蘭州市、内蒙古ハイラル市のほか、北京、上海、昆明、西安などに置かれている。条約事務局CTBTOのロバート・フロイド事務局長は25年8月の記者会見で、「探知技術の進歩により広島原爆の30分の1の核実験も探知できるようになった」と語った。広島原爆の30分の1はTNT換算で約500トンである。

核実験探知システムは「地震計」「ハイドロフォン」「微気圧振動計」「放射性核種検知器」で構成される。一般の地震と核爆発による地震では縦波(P波)と横波(S波)の比率が異なり、確実に見分けることができる。また震源は複数の観測所からの地震波を分析して決められる。米国の主張に対してCTBTOのフロイド事務局長は、「裏付ける証拠は検出されていない」と否定するとともに、隠ぺいについても「中国国内にある観測施設からのデータ送信に中断はなかった」と語った。

中国が最後に核実験を行ったのは1996年である。核実験の回数は米国の1030回、ソ連の715回に対してフランス210回、英国45回、中国は45回である。

CNN(2/22)は専門家の話として、「中国の核兵器開発担当者はわずか45回の実験で収集した限定的なデータに確信が持てない可能性がある」と指摘した。また別の専門家は、「中国は核の近代化を進めており、新型弾頭の開発には実験が不可欠である」としたうえで、「核実験の再開は中国を利するだけだ」と語った。

米紙ウォール・ストリート・ジャーナルは1月25日、張又侠が「中国の核兵器プログラムに関する機密情報を米国に漏らしていた」と伝えた。CSISは「根拠がない」と論評したほか、日本の防衛関係者も「あり得ない」と一笑に付した。しかし米国統合参謀本部と中国人民解放軍統合参謀部が情報交換していることはすでに知られている。金銭のためではない。誤解による偶発的な核の応酬を避けるためである。

20年10月30日、マーク・ミリー統合参謀本部議長は中国統合参謀部の李作成参謀長に秘密の通話回線で連絡を取った。11月3日には大統領選挙の投票日を控えていた。ミリーは情報機関から「米国がひそかに中国への攻撃を計画している」と中国政府が不安を抱いているとの情報を得ていた。中国は自棄になったトランプ大統領が危機を引き起こして自分が救い主になり、選挙に利用するのではないかと疑っていたのである。ミリーは中国の不安が妄想にすぎないことを知っていたが、中国を安心させるため、「米国政府は安定しており、あなた方を攻撃する意図はない」と伝えた。さらに「もし攻撃する場合は、私からあなたに事前に伝える」と確約した。同時にミリーは米軍幹部を集め、トランプ大統領が大統領権限で核攻撃を命じようとした場合は、まず自分に知らせるよう指示した。

大統領選挙でトランプ敗北が確定した21年1月6日、支持者による米国議会議事堂襲撃事件が発生した。2日後の1月8日、ミリーは再び機密の通話回線で李作成に電話して、「私たちは100%安定している」と伝えた。李作成ら中国側は襲撃事件の映像を見て、明らかに動揺していたという。ミリーは「民主主義は時々乱雑になることがある」と言い添えて、中国側を安心させた。ミリーと李作成の信頼関係は5年以上続いたと、ボブ・ウッドワードは著書『ペリル(危機)』で書いている。

中国が疑心暗鬼となる理由は、核に関する米中間の公式チャンネルがないことに加えて、核の安全管理が不安定なためである。米国はジョン・F・ケネディ大統領時代に、軍の一部司令官が勝手に核兵器を使うことを防止するため、厳格な核セキュリティ・システムを導入した。PALsと呼ばれる安全システムで、「無許可使用の防止」「指揮統制機能の強化」、それに敵国やテロリストの手に落ちた時の「起爆装置無効化」などの機能がある。また他国でも偶発的に起爆する懸念があるため、1971年にPALsをソ連に提供したほか、後にフランス、パキスタンにも提供した。1990年代初頭、中国から技術提供の要請があったが、なぜか米国は応じなかった。

中国はやむなく偶発的な発射や現場司令官による暴走を防ぐ目的で、ミサイルと核弾頭を分離して保管する手法を選択した。「ネガティブ・コントロール」と呼ばれる。ほぼすべての核弾頭は地域貯蔵施設と陝西省秦玲山脈の中央強化貯蔵所で保管されている。

トランプのイラン攻撃に疑心暗鬼

米ロ間では新戦略兵器削減条約「新START」に基づく検証手段で、配備済み戦略核弾頭1550発について互いに情報を共有している。しかし米中間では核に関する条約や取り決めが全くない。米ロ間の「新START」が失効した今、米国が中国を含めた核軍縮のスキーム作りを目指すのは自然な流れである。核不拡散条約(NPT)は核兵器国の核削減を義務付けている。しかし核弾頭数の劣後に加えて、核の安全管理に不安を抱える現状で中国が応じる気配はない。

2022年10月、米空軍省中国航空宇宙研究所のウェブサイトに「中国人民解放軍ロケット部隊報告書」が掲載されて、世界の軍関係者を驚かせた。255ページの報告書にはロケット軍傘下の全基地の歴史、任務、所在地、指揮系統、装備、部隊編成、司令員名など、すべてが記載されていた。ロケット軍から流出したことは明らかだった。これを知った習主席は激怒し、粛清の発端になったとされるが、見方によっては核の応酬を回避する方法の一つである。

このように参謀部門を通じて、米中が核に関する一定の情報交換が行われていることは確実である。その意味で張又侠が米国に核関連情報を提供していたとしても、驚くにはあたらない。米戦争研究所(ISW)の記事「習近平の粛清は彼の権力を増大させるが孤立させる」(1/30)によると、西側当局者は劉振立統合参謀部参謀長が「リスク管理の最も効果的な連絡窓口であった」と語るとともに、「粛清は中国と西側諸国の誤算のリスクを高める可能性がある」と指摘した。まさに正鵠を射ている。

中国はトランプ大統領によるイラン攻撃を目の当たりにして、悩みを深くしたであろう。体制転換(レジーム・チェンジ)を求めて立ち上がった反体制派に向けて、トランプ大統領は新たな体制づくりを呼び掛けた。それだけではない。体制転換に向けて米国自身が国際法を無視して軍事力を行使したのである。トランプ大統領の行動は予測不能であり、中国が疑心暗鬼をさらに深めたことは確実である。

それにしても中央軍事委員会の「主席責任制」を「深刻に踏みにじる」とは一体何を意味するのか、「集団指導体制」と「主席責任制」の思想的対立は権力闘争の証なのか、依然、謎に包まれている。

粛清は今後も続くと予想され、核に関する意思決定と管理・運用をめぐる中国人民解放軍の不安定要因は、さらに深まることが懸念される。

著者プロフィール
倉澤治雄

倉澤治雄

科学ジャーナリスト

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